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東京高等裁判所 昭和27年(う)4166号 判決 1953年5月07日

控訴人 被告人 神保乾司 沼崎慎二

弁護人 川上隆 一瀬英夫

検察官 小西太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付した被告人両名の弁護人川上隆、同一瀬英夫両名々義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第二点について。

本件被告人両名に対しては最初検察官から賍物運搬の事実について公訴提起がありその後差戻前の第一審において右賍物運搬から食糧管理法違反の事実へと訴因罰条の変更があつたところ、差戻後に於て再び訴因を変更し、食糧管理法違反から最初の賍物運搬の訴因へと復したものである。しかしこの両者はその日時、場所が同一であるし、その方法においても一は主食である米麦を運搬下という食糧管理法違反の事実であり、他は賍物である米麦を運搬したとの賍物運搬の事実であり、基本たる事実関係において両者の間に差異を認められないから、公訴事実の同一性を害する虞はなく、右訴因の変更はいずれも許さるべきものといわなければならない。所論第一は二度目の訴因変更は最初の訴因変更を取消したものとし、かかる訴因変更の取消は違法と主張するのであるが理由がない。

次に所論は右食糧管理法違反の罪と賍物運搬罪とは構成要件が異るしその罪質も違つているから訴因の変更は公訴事実の同一性を害すると主張するが、構成要件が違つているからこそ、訴因を変更する実益があるのであり、構成要件が同一でなければ公訴事実の同一性を害するというのは理由がないし、罪質が違うからとて公訴事実の同一性を害するものとはいえない。又右両者の罪は法定刑が異ることは当然であり、それ故食糧管理法違反から賍物運搬罪へと訴因を変更されれば被告人にとつて不利益なこととなるが、それは事の性質上やむを得ないところであつて、この不利益があるからといつて訴因の変更を違法とすべきではないし、右訴因の変更により、被告人に新たな防禦を講ずる必要が生じたとしても、それは被告人に充分防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続の停止を求める事由とはなり得ても(刑訴第三一二条第四項参照)訴因の変更自体を禁止する理由にはならない。

所論は更に右訴因の変更は時期に遅れたものであり、刑罰権の鑑用であり、裁判所法第四条の精神に反するとも主張している。本件公訴提起は昭和二十四年十二月十七日であり、最初の訴因変更が為されたのは昭和二十五年二月十六日であり、その後同年三月十五日に第一審の無罪の判決言渡があつて、これに対し検察官から控訴の申立があり、第二審の破棄差戻の判決が為されたのは同年十二月十三日である。然るにその後本件記録は当裁判所にそのまゝとなつており、第一審裁判所に送付されたのは昭和二十七年八月となつた関係上、その後第一審の審理が初まり二度目の訴因変更があつたのは同年九月二十五日であつたから、第一回の訴因変更のあつた日から計算すると二年六ケ月以上を経過しているわけである。しかしこのように訴訟が遅延したことは司法行政上の監督権の発動を促す原因とはなり得ても、訴因の変更を違法とする事由とはならない。又訴因変更により法定刑が重くなつたにしても、二年六月経過後の訴因変更が検察官の恣意に基くものとして公訴権の濫用であり、刑事訴訟規則第一条第二項に違反するという理由は認められないし、高等裁判所の差戻判決後に於ては訴因を変更してはならないということも認められないのであるから所論はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人の控訴趣意

第二点本件訴因変更は違法である。以下その理由を述べれば、

第一、本件は始め賍物運搬罪により起訴せられ、審理の結果第四回公判に至つて食糧管理法違反に変更せられ(記録一二六丁以下)前第一、二審はこれに基いて判決されたのである。そして本件訴因変更は差戻後の第一審において再び賍物運搬罪に改めたのであるが、これは法律に規定する訴因変更ではない。即ち検察官提出にかかる訴因及び罰条の変更請求書(記録一九〇丁)によれば、一旦食糧管理法違反に変更したものを再び最初の起訴状通りに復することになるのであつて、法律上は訴因変更請求の取消と見るべきものである。凡そ訴訟行為の取消は当事者の利害並に訴訟経済に密接な関係があつて訴訟手続維持の原則による制限を受けなければならず、取消を許すについては錯誤その他特定の取消原因を明示し且つその点の立証を必要とするものであり、概して法律がこれを認めている場合に限られるのである。刑事訴訟法第三百十二条には訴因(又は罰条)の追加撤回又は変更を規定しているが一旦なされた訴因変更の取消は規定していないのも、前記趣旨からこれを許さないものと解すべきものであり、本件訴因変更の実体が取消である以上漫然これを許容してなされた原判決は刑事訴訟法第三百十二条に違背せるものと言わねばならない。

第二、仮りに本件訴因変更が刑事訴訟法第三百十二条に規定する変更なりとするも次に述べる理由によりやはり違法である。

(一)本件訴因変更は公訴事実の同一性を害する。

凡そ公訴事実が同一なりや否やは比較される二つの事実が構成要件的に全く重なり合うことのないものである時は、たとい前法律的生活事実として一箇のものであろうとも同一性を認めるべきでないし、又或程度重なりあうとしても、それが罪質を異にする限り同様に論じなければならない。旧刑事訴訟法の下では起訴事実として同一の生活事実である限り、罪名罰条は裁判所に自由な認定権があつたけれども、新刑事訴訟法の下で被告人の防禦権が認められ、裁判所は両当事者の攻撃防禦の結果を冷静に判定すべきものと定められた今日、前記の如き解釈を以て被告人の利益を保護する必要があるのである。果して然らば本件食糧管理法違反と賍物運搬とはなるほど同一の歴史的事実であり、且つ構成要件上、運搬という点を共通にしてはいるけれども、其他の構成要件は異り、又前者は経済統制を目的とする法定犯、後者は反道徳的実質犯であつて罪質を異にしておる故に、両者は公訴事実の同一性を欠くものと言わねばならない。

(二)仮りに右主張が認められないとするも、本件訴因変更は被告人に著しく不利益を与えるものであり、且時機におくれたもの(更に後述する)として許されない。即ち控訴審に至つては原則として訴因の変更はその事後審としての性格上許されないのであつて、唯例外的に訴訟経済上且つ被告人の利益保護のための必要な場合に限りこれをなしうるものと一般に認められている。而してこの理は差戻後の第一審においても異らない。本件訴因の変更は食糧管理法違反を賍物運搬とするものであるから、被告人にとつては新たな防禦を講ずる必要があるばかりでなく法定刑の比較から言つても明らかに不利益でありかかる訴因変更は違法である。

(三)本件訴因変更は刑罰権の濫用である。

本件ははじめ賍物運搬罪により起訴せられ昭和二十五年三月十五日これを食糧管理法違反と変更(記録一二四丁以下)更に昭和二十七年九月二十五日再び賍物運搬に訴因を変更せられたものであつて(記録一九四丁)その間二年六カ月余を経過している。

凡そ公訴の提起は被告人の人権を最も侵害するものであるからこれを委任されている検察官としては相当の信念を以てこれをなすべきものであり、且つ一たん提起した場合にも、審理の過程において新事実新証拠の発見等により訴因変更の止むなきに至つたとしても、訴訟経済及び被告人の利益をことさらに害せざるよう十分の注意をし、又そのような場合に限つて例外的に法律がこれを認めているものである。本件被告人等はすでに食糧管理法違反事件として第一、二審の判決をうけ、その防禦並に弁論に全力を傾け一応地位の安定感を得たものである(前回は両被告人共求刑は罰金二万円で無罪の判決を受けた)にもかかわらずその後相当期間を経過してから改めて賍物運搬罪に問われる(今度は両人共懲役四月の実刑と罰金二千円の言渡があつた)ということは耐え難い不利益である。公訴権の行使は正義の実現であつて惨酷であつてはならない。所謂武士道でなければならない。何等訴因変更を必要とする特別の事由もなく(この点上述のように理由の主張も立証もない)検察官の主観的恣意によつてなされたとしか考えられない本件訴因の変更は結局公訴権の濫用であり、刑事訴訟規則第一条第二項に違反するものと言わざるを得ない。

(四)本件訴因変更は裁判所法第四条の精神に反する。

控訴趣意第一点に述べたようにさきになされた控訴審の破棄差戻判決は裁判所法第四条により差戻後の第一審の審理を拘束するものであり従つて検察官もこれを遵守しなければならない。しかるに原審においては右差戻判決に基く審理にさきだち、それと相容れない訴因変更を請求したことが記録上明らかであつて、かかる訴因変更の請求は裁判所法第四条の精神に反するものであり許されないものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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